フィリピン国鉄(PNR)元 JR東日本14系客車

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14系客車は日本国有鉄道(国鉄)時代の1971年〜1978年に製造された客車で、寝台車251両、座席車325両の計576両が製造された。製造会社は新潟鐵工・富士重工・日本車両。国鉄分割民営化時にJR北海道に84両、JR東日本に218両、JR東海に37両、JR西日本に158両、JR九州に61両(全社計558両(他形式からの編入車両を含み、他形式への改造車両を除く))が継承された。車体は鋼製。

このうち、JR東日本の14系客車は2度にわたってフィリピン国鉄に譲渡された。第1陣は2000年に座席車5両、第2陣は2010年に寝台特急「北陸」で使用されていた寝台車10両である。

第1陣で譲渡された車両は青森運転所(現:青森車両センター)所属の5両(スハフ14(48・49)、オハ14(52・53・204))である。投石対策の金網やドアの手動化等の各種改造を行ったうえ、2001年よりMetro Commuter(Commex)区間及び「Bicol Train」で営業運転を開始したが、整備不良や台風被害による路線運休等により2006年までに全車両が引退した。その後すべて解体されたため、車両は現存していない。

第2陣で譲渡された車両は尾久車両センター所属の10両(スハネフ14(28・29・30・32)、オハネ14(63・82・89・91)、スハネ14(752・755))である。これらの車両はフィリピンにて全ての窓への投石対策の金網の設置、塗装の一部変更(車体色の青地はそのままだが、帯をオレンジ色に変更)等の整備を行い、2011年6月29日よりManila(Tutuban)〜Legaspi間479.0kmを結ぶ特急「Bicol Express」(Bicol Train)にて営業運転を開始した。この「Bicol Express」(Bicol Train)は、過去に何度も運転と休止を繰り返してきたが、この14系寝台車の投入により再開した。列車の編成は3〜5両程度で運行され、うち1〜2両は元JR東日本・元JR九州の12系客車改造の座席車(リクライニングシート車)が連結される。

2012年10月にLutucan〜Lucena間で大雨による橋梁崩落で脱線転覆事故が発生し、運行を再度休止している(再開時期は公表されていない)。

※Tutuban駅構内での写真はすべて許可を得て撮影。

早朝のBlumentrittを通過する、Manila(Tutuban)行きの「Bicol Express」。
Blumentritt駅に運転停車中の「Bicol Express」。この日は14系寝台車3両+12系客車1両の編成であった。
夕方のTutuban駅に停車中の、Legaspi行きの「Bicol Express」。
2010年にJR東日本より譲渡された、元寝台特急北陸用の14系客車。全ての窓に金網が設置された他はJR東日本時代の原形を保っている。
車内の通路の様子。一部英語やタガログ語の表記が追加された他は、ほとんどJR東日本時代のままである。
寝台の様子。ここがフィリピンであることを忘れてしまいそうなほど、そのままの姿である。リネン類がないのが相違点。
デッキとの仕切り扉。号車表記も日本語のままである。
洗面台。
貫通路。
B寝台個室(ソロ)のスハネ14 752及びスハネ14 755。2011年6月の「Bicol Express」運行再開直後は連結していたが、利用率の低迷により運行を外れている(一人旅行の習慣がフィリピンにはあまりないため)。
Tutuban駅のホームに留置されていたスハネ14 752・スハネ14 755。
日本語の車両番号表記はそのまま残り、「BICOL EXPRESS」と「PNR」のロゴマークが追加されている。
妻面に残る所属・形式・検査等の表記。
以下、スハネ14 752の車内の様子。
デッキには、Excecutive Sleeperの英語表記が追加された。
通路。個室のドアがずらりと並ぶ。
案内灯には「UPPER」「LOWER」の表記を追加。
上段への階段と入口の様子。
上段個室の様子。
窓からの眺め。金網が設置されて眺望はあまり良くないが、視界が高いのは新鮮である。落ち葉が大量に挟まっていた。
下段個室の様子。
各種スイッチもそのまま残っているが、SOSボタンは封印されていた。
トイレは男女別に分離された。
洗面台。

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