名市交5000形名古屋発Buenos Aires着までを追う

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2013年、名古屋市営地下鉄東山線で使用していた5000形のうち5103H・5112H・5115H・5121H・5122Hの5編成30両(2013年度廃車分)がブエノスアイレス地下鉄へ譲渡されることとなった。

2013年7月に藤が丘工場から搬出され、大阪車輌工業にてブエノスアイレス地下鉄仕様への改造が順次行われた。主な改造内容はパンタグラフの設置及び台車の集電靴の撤去、制御方式の電機子チョッパ制御からIGBT-VVVF制御への更新(VVVF制御装置は東洋電機製)、3・4両目への簡易運転台の設置及び貫通路への開き戸の設置等、である。

改造を終えた車両は2014年9月より順次神戸港へと陸送され、船積みされた。2015年1月に最初の1編成がアルゼンチンで水切り(陸揚げ)され、その後、同年2月と6月にも2編成ずつ水切りされた。

この約1年半に亘る名古屋からブエノスアイレスまでの車両輸送を追った。なお、5000形は2015年12月よりC線で営業運転を開始した。2017年8月現在、5121Hを除く4編成が営業運転を就いている(5121Hは整備中)。

関連ページ:「ブエノスアイレス地下鉄−元 名古屋市交通局5000形」「ブエノスアイレス地下鉄 C線」

東山線で運行されていた頃の5000形5115H。

2012年12月2日 伏見にて
2013年7月10日〜23日に、譲渡車両の藤が丘工場から大阪車輌工業(大阪市住之江区)までの陸送が行われた。陸送では珍しく、一晩あたり1編成6両がまとめて運ばれた。
この日輸送されたのは5115Hの6両。写真は5115の藤が丘工場出発直後の様子。

以下、2013年7月12日撮影
5115Hの反対側の先頭車の5615も、5115の後を追って藤が丘を出発。
トレーラーに載せられた5615。台車は別のトレーラーで運ばれた。
名鉄の踏切を横断する5115。
国道302号を行く。

(※助手席より窓越しに撮影)
三重県内にて一旦停車。3台が縦列で並んだ。
大阪へ向けて再度走り始めた5115。明け方前に無事大阪に到着したようである。
別の日に陸送された5121H。写真は藤が丘寄り先頭車の5121。

以下、2013年7月19日撮影
東山線のガードをくぐる5121。後輩の車両に別れを告げる。
追って藤が丘工場を出発する5621。
藤が丘駅前を通過。もう東山線を走ることは2度とないが、地球の反対側でのエキサイティングな未来に向けて今スタートを切った。
JR関西線の春田駅付近を行く。
大阪南港の一角に台車を履いた状態で留置される5000形。ここから数km先の大阪車輌工業には工場での改造ペースに合わせて順次搬入された。

2014年3月30日撮影
大阪車輌工業にて改造中の5000形。

2014年9月20日撮影
大阪車輌工業にて各種改造が施され、2014年9月より竣工した編成から順次神戸港への陸送が行われた。陸送は1晩あたり3両ずつ実施。この日は5112Hのうち、5412・5512・5612の3両が運ばれた。

以下、2014年11月11日撮影
大阪車輌工業を出発する5612。先頭車には外観上の大きな変化はなく、方向幕や名古屋市営地下鉄のシンボルマークも存置されている。
中間車の床下には新品のIGBT-VVVF制御装置(東洋電機製)をはじめ、新しい機器が取り付けられている。各車両ともにラインカラーの黄帯が剥離され、車体は徹底的に磨かれている。
3・4号車の連結面に新設された簡易運転台。前照灯・尾灯も追加されている。ブエノスアイレス地下鉄で先に活躍している「黄電」(300形・250形・1200形)の簡易運転台とほぼ同一の構造のようである(黄電も大阪車輌工業にて改造された)。
南港にて出発に備えての各種点検を実施。
南港のコンテナターミナルの照明を浴びて走る。
車の走行も疎らとなった深夜の咲洲を行く。
夢咲トンネル(海底トンネル)を抜けて夢洲へ。
此花大橋を渡り、阪神高速北港ジャンクションの下を行く。
梅香交差点に差し掛かる。左折して国道43号線へ。
西宮市内を行く5612。
約2時間かけて目的地の神戸港に到着。
同日に陸送された3両が並ぶ。
港湾の照明を浴びて、磨かれたアルミ車体が光り輝く。
神戸港に横1列で並ぶ5115H。
「試運転」を表示して船積みの時を待つ5115。東山線時代の末期はやや黄ばんでいた車体も磨かれて新車のような輝きを取り戻した。
簡易運転台とシングルアームパンタグラフが搭載された5415(左)と5315(右)。
ブエノスアイレス地下鉄のPolvorín工場に無事搬入された5000形5115H(写真右)。簡易運転台側ながら、ブエノスアイレス地下鉄初となるこのアルミ車体は、間違いなく1年半追い続けた5000形である。その左隣は約15年前に先入りした名古屋市交通局300形で、早くも名古屋勢の新旧並びが確認できた。

2015年5月4日撮影
Polvorín工場にて留置されている5000形簡易運転台付き中間車。
整備が完了し、2015年12月よりついに営業運転を開始した5115H。営業運転開始直後は平日朝ラッシュ時の限定運用であった。5115Hは当地では「N編成」として扱われている。ブエノスアイレス地下鉄と東山線のシンボルカラーが偶然にも両者とも黄色のため、東山線時代と同様に黄帯となったが、前面にも帯が回り、側扉はオレンジ色となる等の変化がみられる。
その後、5103H・5112H・5122Hも2016年より順次営業運転に投入された。

Diagonal Norteにて
15年ぶりに先輩の300形と再会。東山線とは地球の正反対で、まさかかつての同僚と再び同じ路線で働くことになろうとは。事実は小説よりも奇なり。
3号車(M1車)と4号車(M1'車)に取り付けられたパンタグラフ。両車端部の冷房装置のうち片側を撤去し、そのスペースに搭載されている。
妻面には日本語の諸元表記も残る。
5115Hの車内の様子。照明がLED化され、ステッカー類や広告が交換された以外は大きな変化はなく、東山線時代の面影が色濃く残る。

関連ページ:「ブエノスアイレス地下鉄−元 名古屋市交通局5000形」「ブエノスアイレス地下鉄 C線」

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